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04.02.2003
Ongoing vol.01
 
関連プログラムの記録
参加作家シンポジウム
最終日、参加者が一同に介していろいろなことを話しました。その1部分をご紹介します(敬称略)。


来場者への視点:

笛田:ずっと展示場所にいて、来ていただいた方としゃべりながらやらせていただいたんですけれども。今回この展覧会で、大学の中とか美術の中で表現していた自分と、いろいろメディアとかみて美術とか全然知らないんだけどもなにかやってるから近所でやってるから来たっていう方とかの存在に、すごいありがたいっていうんじゃないんだけどなんかこう。特に、表現をするうえで自分たちは美術っていう表現をやっているんですけど、あんまり社会の中で認知されてないんじゃないかっていう不安とか、お金にならないものは認知されないんじゃないかとか、ジレンマじゃないけどそういうのがあって。でも、実際美術とか知らないんだけどおもしろいといってまた知り合いを連れてきてくれるような場ができたということを、すごく嬉しく思ってます。

松村:ぼくがほんとに感じたことっていうのは、今までの作家は作家として生きていく環境がないっていう状況があって、しかも、ここにいるみんなもなんかそういう状況をたぶん感じていると思うんですが、作品が売れない売れないっていうそういうばっかりだった気がするんですね。そして僕もそういう人種だったんですが、半信半疑でOngoingに参加して、ずっと半信半疑で、気がついたら2000人ぐらいの人が来てくださって、これはどういうことだって。今まで他に自分の展覧会をやってきたのと全く違う状況にある。ただ単に僕たちは、売れない売れないと言っていただけで何も行動をしていなかったということがもう明確に理解したなと僕は思っているんですね、この展覧会で。だから次に何をすべきかっていうね共通認識を持つ段階にある。これからみんなで考えていきたい。今回来てくださったみなさんたちも、なにか参加できる機会って今後あると思うので、一緒に考えていければいいなと思っています。

小瀬村:作家をしているとどうしても作品を作る方に集中してしまって、自分が今何をやっているのか客観的にみる機会が少ないと思うんですが、今回作品をつくる以外の仕事がとても多かったというか。作家も企画側に関わったりとか、企画側も作家側に関わったりとか、そういうことですごく企画に関われたのが一番収穫だったんじゃないかと思います。私はそこらへんでカタログを売っていたんですけど、周りのお客さんの感想だとかを、自分の作品をどうですかっていうんではなく、例えばどこからいらしたんですかとか、あとは販売をしながらどれが面白かったですかなんていうような、客観的な感想を聞けたという点がよかったな。

坪井りん:今まで参加してくださった作家の方の感想を聞いていると、すごい関係性ができたっていうことに意義を感じてるっていうのが。それはもちろん私自身も思っていて。でもそれを聞いていてふっと思ったのは、今会場でこっちからこっちが参加作家、こっちは来てくださった方、という風な構図になっているけど、実は今いる人は、誰もここ(参加作家側)にいれた。一番始めは、表現したい人、誰でも参加してください、っていう形で参加を呼びかけていて。関係性ができた、っていう一番最初はここ全体から始めえれた。

坪井りん:今回Ongoingで試みたかったこととか、それをやるにあたって考えたことはいろいろあったんですけど、ひとつは、表現とか、美術とか、どこの誰かわからない人がやっているんではなくって、顔の見える誰かがやっていること、生身の同じように今っていう時代を生きている人がやっていて、それを多くの人にみてもらいたい、っていう思いがありました。実際今回、数の上で多くの人が来てくださって、こういった思いが来てくださった方に伝わればいいと思います。



70年代うまれ:

小瀬村:70年代ってなんだろうって考えたんですけど、ほんとみんなバラバラで、演劇だとか映画の関係の人だとか、美術っていう作品を作っている人もいるんですけどすごく多種多様で。また観客の人とかの話を聞くと、たまたま通りかかってなんとなく気にかかって入ってみたという、近くで働いている銀行員の方だとか、普段だったらあまり美術の展覧会には来ないような方がわりといらしてくださって、見に来てくださった方もすごく多種多様っていうか。でもそれが70年代なのかなあ、私たちの世代の性格なのかなあ、とか。あとは、今見に来てくださる観客の人ももっと多種多様になりえるんじゃないかなっていうそこが、すごく閉じられたんではなくって開かれた美術展ができたんじゃないかなって、よかったなあ、と思ったところでした。

足立:この企画がもちあがったときからずっと展覧会の運営や実現に関して、こんなんじゃ無理だとかどうすんだとか何やってんのとか言い続けた口なんですが。ここまでやってきて思うんですが、70年代というと大学を出てから30いくつまでってかんじなんですけども、美大とか芸大だとかそういうよう庇護のなくなったとこでまだ一生やんなきゃいけなくなってきた、ある意味で過渡期の世代だと思います。何かやんなきゃいけないっていうのがわかっているんだけども、で何しようってなった時に、何がだめかはすぐわかる世代だということを実感しました。
いろんな情報があってみんなそれなりに頭よくて、例えば今回のOngoingで企画として甘いとかいろんなことをいわれたけども、何が悪いか、何がだめかっていうのはすぐいえるけども、じゃあ何をしたらいいっていう話はなかなかできない世代っていうか。なんかもう闇雲に信じるっていうことをやめてしまった世代だということを感じましたし、また私は自分自身がその権化みたいなもので。でもまあ、なんだか魅力があってやめられず、周りに引きずられながらここまでやってきてしまったように思います。


足立:これでQCが観客動員数やいろんな人が集まりまったこと、面白かったということだけに満足して終わってしまうのであればやっぱり何にもならないだろうと思うけども、やっぱりこれが続いていくっていうことに意味があって、これからどうなっていくかという将来、活動を継続していくことが最も重要なんだと思います。また、こういう表現に関する自立的な活動がQC以外にもいろんな場所でいろんなかんじでおきていくとすごい日本の文化っていうのが外国にはない豊かなものになるんじゃないかなって思うので、それのきっかけのひとつにこの活動が繋がるとしたら、そういう場所に自分が関われたことを、とても嬉しく思います。



意見交換:

鷺山この展覧会にこぎつけるまでに作家同士だったり参加者だったりまあみんななんですけど、話し合いをくりかえしたんですが、この話し合いをくりかえしたってことが僕はすごい貴重だったと思っているんですけども。意見の交換ができたし、こういう考え方もあるんだっていう交換ができた場っていうのがすごいよかったなと思うところです。

大野:いろんな人たちがいていろんところに意義を感じて参加しているんだなあということを感じました。今回私は、最近すごく社会で価値観だとか枠組みとかが変わってきているのでそういう点について考えたいと思って参加しました。好きなことをやりながら生きていける術があるんじゃないか、そういったことについて考えていきたいと思っています。

木村:私は、こういう風にたくさんの人が集まってやるっていうことに今まであんまり参加してこなかったような気がして、苦手意識がすごくあって。今回、いろんな人と(展覧会を)作っていく手伝いとか、とにかくつながりたくてっていう思いがあって参加しました。それで、結果はこの期間中すごいいろんなことを考えたし、いろんな人と話したりして感じたりしていくうち、自分のやっていきたい方向とか、やり方とかすごいそういうのが自分の中ではっきりしたと思います。だからすごいよかったというか、この機会があって本当にうれしかったです。



今後への思い:

岸井:(QCがやろうとしていることは)すごい時間がかかることだと思うんですよ。1年、2年とかじゃなくて、5年、10年っていう規模の頭と、次の瞬間楽しいって両立しなきゃいけないっていうのはとても難しい。

笛田:今回集まった作家だけじゃなくて外の人の企画、アイデアとかそういうのもどんどん受け入れられる体制を作って、そのおもしろいと思った企画をどういうふうに展開していけるかっていう作家をまたどんどん広げていく、そういうコミュニティが作れていくと面白いんじゃないかなと思って。ネットとか通じて情報交換がすごい通じたりとかしてると思うから。ここに来てる人とかその知り合いとかでちょっとでも面白いことを考えてるんだけど、面白いことを考えても実現することってすごいパワーがいるし、なかなかできなかったりすることだと思うんですね。今回のOngoingも、最初はほんとに理想だけかなって思ってたんだけど、それがどんどん現実に形になっていくところにすごいおもしろさを感じていて、それがここのグループの人たちだけじゃなくて、今回見に来ることで関わろうとしてくれた人たちも、どんどん自分の面白いと思ったこととか理想が形になっていくことを実感していけたら面白くなっていくんじゃないかと思うので。

村松:個人的には美術っていうことと社会っていうところの、簡単にいっちゃえば事務的な仕事なんですけど、そういうことを通していろいろ勉強をできたっていうことと、あとこの全体のOngoing展を通して思ったことは、3ヶ月前にQuake Centerの中でこういうことをやろうっていうことを決めてから今日までっていうのがあって、たぶん今日の6時か何時かにこれが終了してまたこれからのやつがあるって思うんですけど、常にいい意味でも悪い意味でも方向が決まってないけど、何かやりたい、何か動かしていこうっていう意志がずっと持続しているっていうのは僕はなんか素敵だなって思って、未完成っていうところもあるんですけど、それはまあ将来性があるってことって思って僕はもう少し関わっていこうと思っています。

坪井あや:最初に文章にした理想みたいなものとそれがどんどん現実化していくところで生じてくるギャップだとかいろいろな問題だとか、そういうものをすごく目の当たりにしてきたんですが、それはすごく難しい。実際に作品を出す人とそこにどうアクセスをつけていくのか、みたいなところ。すごくそこから広がっていくんではないかと思っています。

来場者の方:みなさんにお願いがあるんですけれども。みなさんの作品とかを通しましてね、もっと身近に芸術とかってことを感じられるような社会になってほしいんですね。もっと日本の文化的レベルをもっとあげていけたらなっていう。そういう社会になってほしいなっていうのが、おばさんの願いなんですけどね。ですから、みなさんにがんばってほしいし、2回、3回と続けていってほしいですね。私がここに来たきっかけというのが朝日新聞でみましてね、子供3人つれてきちゃったんですけども、青梅から来たんですけどもね。やっぱり、感動というんですか、作品つくりっていうのかしら、おばさんからみると、みなさんみてるととってもうらやましいんですよね。あー、私も若かったらなとか、みなさんがやってることがとってもうらやましくかんじるんです。だからがんばっていただきたい。日本の文化的レベルをあげていっていただきたい、っていうそういうお願いがあります。

一通り感想が出そろったところで、会場へ質問を呼びかけたところ、金銭的な面も考慮した作品の流通を将来的に考えているかどうかという質問が寄せられた。そこから美術とお金の問題へ、様々な意見が出る。




作品と金銭:

来場者の方:企業側からの言い分をちょっと聞いたことがあるんですけど、日本で作家活動していきたいという若い人たちっていうのは、お金がなくってつくれないっていう人が多いそうなんですね。その作家たちっていうのは、自分の周りをみてみると同じように一人でポツンとコツコツ作品をつくっている。だけれどもお金がないから発表できないだとか。そういう人たちがたくさんいる、と。日本の作家っていうのはそれをみて変な安心を得てしまうんだそうなんですね。そういう人たちが集まっていると、お金がないから作品を作れないのは当然だという考え方が染みついてしまう。そういう人たちに対しては、メセナもお金をだせない。という言い分を聞いたことがあるんですね。実際苦労されたとは思うんですけど、作家側から、お金はなくてもこういうことをやったんですっていうことがここにできたっていうことは、特に日本ではすごく意義のあることだと思います。

小川格:(今回実施したカタログ購入者に自作の絵を選んでもらいそれを贈るという行為について)まずひとつは、作品を所有する可能性があるっていうまなざしでみるっていうことをやってもらいたかったっていうことがあったんで。もうひとつは、実はやっぱりある一方の僕の気持ちとしては、作家的にはちょっとある種自殺行為だったんですよ、今回。あのカタログを買っていただいた方にはあげたんだけど、僕には一銭も入んないっていうもので。だけど、あれはやっぱり資本主義に対しての考えの表明の一つだったわけだったんです。それはお金で作品を買う買わないっていうんではないっていうか、あげちゃうっていうか。僕の作品をほんとに気に入って選んでくれた方が居たならば、僕も幸せだし、作品も幸せだし、もらってくれた方も幸せだったっていう。だけどちょっと僕が失敗だったかなって思うのは、別に僕の作品が好きじゃない人ももらえたっていう。それでも、自分の価値観での判断は働いたのだろうか
らいいのですが。


矢内:お金を払うことは参加することだと思うんですね。美術に対してお金を払うっていうことはおもしろく、豊かなことだと思うんです。お金という形で参加する。

土屋:洗濯機買いました、文房具買いました、そしたらまあその後その買ったもんどう使おうがその買った人の勝手だったりだとか。だけど美術作品の場合っていうのは、本来そうじゃないんじゃないか。本来のありかたっていうのは、その作品を買った人がその作品に対して責任をもつ、その責任を買うっていうことなんじゃないかっていうふうに僕は思っていて。だから簡単なところで責任ってどういうことなのかっていうと、例えばそれをその状態を責任をもって保持したりであったりだとか、その次の世代にまで渡したりだとか、そういったところまで含めた上での責任を負うっていうところで本来美術作品にお金が支払われてそれがお金を支払った人に回るっていう、僕はそういうものなんじゃないかなって思っていて。そこを度外視したところでお金によって売る売られていくだとか、売るのはどうかとか、そういったところを話すのは、どうなんだろうか。

江場:作品をお金でもって他の人に渡す、交換するっていうよりは、今回も、仕事中にふらっとよっておもしろかったけど今さぼりだからもういくねみたいな方がいらしたんですが、日々働いている中でしなくてもいいことっていうのをしてなんとなく楽しむ、っていうのが美術とか表現活動の価値だと思うんですよ。お金に変えて作家が生活するんではなくて、そいういうたわいもないよけいなことを支援する社会であってほしいと思って。支援ていうか、作家が、作品を作ってお金がないから生きていけないという現状を打開するために作品をお金に換えるっていうのはもちろん一つの方法なんですけど、本当は、おもしろいこと考えてる人がいて、それやりたいけどお金がないやっていったときに、その社会が具体的にいうと行政なりがそこを援助できる、心の余裕がある、そんなような世の中だといいなと思ってて。だから作品をお金に換えるっていう感覚は私はなくて、作品の価値っていうのをお金じゃない何だっていうとしたら、その時思ったこととか、感じたことを持って帰るものだと思っています。



日時:2002年4月15日(水)15:00〜17:00

場所:東京都六本木旧三河台中学校、Ongoingカフェにて

参加者:足立桃子、江場左知子、海老原靖、大塚豊、大野圭威子(遠藤もとこ+ART LAB OVA)、小川格、小川希、岸井大輔、木村純子、小瀬村真美、小林浩康、鷺山啓介、佐藤佳代、瀧健太郎、土屋貴哉、坪井あや、坪井りん、西村雄輔、羽藤明夫、林真智子(バウンド)、笛田亜希、松村アサタ、儘田元気、村松一、矢内里、山咲ナナ



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